「じゃあマリリン、お留守番宜しくね」
俺は猫のマリリンに留守番を頼んで家を出た。
何もする事がなく、今までただずーっと本を読んでいたのだがその本も読み終わってしまったのだ。
特に目的のない、気紛れな外出。
取り合えず、近くの繁華街まで行ってみることにした。
ぷらぷらとその辺を歩いてみる。
特に目星いものは見付からない。
デパ地下に行ってみた。
いくつか試食品コーナーがある。
ふふふ……やはりここは全て食するべきだろう、但し………梅干以外。
「あ、あ〜。―――只今よりタイムサービスを始めます!太刀魚が何と通常の半額っ!!さらに………」
試食品のウインナーを頬張っている時、威勢のいい店員の声が聞こえてきた。そしてそれとほぼ同時に地響きがっ……
――――ドドドドドドドド……
―――目の色変えた主婦達の足音……
既に生鮮売り場は戦場と化している。
ところでさっきの威勢のいい店員さんは……店員さんは………どこだろう…………
別に店員さんの事が心配になった訳ではないが、俺もその戦場に行ってみる。
ずかずかと主婦達を押しのけて最前線へ………うをっ!誰かにトレーナーを引っ張られた!
成る程、弱肉強食の世界だなっ。強い者が勝ち残る、ふっ、いいじゃねぇか。
満ち溢れる熱意と敵意。
目の前に広がるのは少したるんだ腕と少し皮の厚くなった手。
大量発生した新種の食虫植物、とでも言おうか。獲物目指して一直線。
そして中心でもみくちゃにされている…あ、さっきの店員!……安否確認(笑)
なんか妙に乗ってきた俺。
ある意味無事じゃない店員さんの為にも、何か商品を買おうか。
お、結構旨そうだ。あれも、これも……
「ふぅ………」
結局俺は、色んな売り場のタイムサービス商品を買った。
太刀魚に海鮮サラダにサンドウィッチにモンブランに…………
―――買い過ぎた。
しかも俺料理とか出来ないのに、太刀魚とかどうやって食うんだよ……
おまけにデパートの近くにあるペットショップで、『新発売』の文字に何故か惹かれキャットフードを大量に購入してしまったし……
間抜けな衝動買いに今更後悔する。いつもこうだ。
沢山の犬の声に見送られながら、俺はペットショップを出た。
あー、俺はコイツらに笑われてるんだろうか……
例の忌々しいキャットフードが山積みにされているワゴンを通り過ぎると、一匹の柴犬がいた。
……どこかで、見た事があるような………
あ、もしかして、まさおんとこのりぃか?
この前まさおに頼んでりぃの写真を貰ったんだけど……ん、このぽよぽよ具合といい、そっくりだ。
でも何故ペットショップの前なんかに居るんだ?
りぃは始め抵抗したが、ペットショップの前なんかに居るのはやはりおかしいので、まさおの家まで連れて行く事にした。
『りぃ』という名前は、俺の名前である『いりき』を逆さまに読んだものから採った。
まさおがなかなか名前を決めないから、俺が代わりに決めてやったんだ。
まさおには『俺のように決断力のある奴になるさっ』と言って『りぃ』という名を提案したのだが、全くアイツは馬鹿な奴だ。
俺の名前を逆さまにしたのだから、どちらかと言うと俺と正反対の優柔不断な性格になるような名前ではないか。
しかもりぃはオスだ。
性別も確認していなかったとは、流石に俺も呆れた。
りぃがオスだと言う事にまさおがようやく気付いた時、俺は『名前を変えたら?』と一応提案したんだが、まさおの奴は変えなかったなぁ。
懐かしい事を思い出している内に、まさおの家に到着した。
「ほら、着いたぞ」
俺はりぃの方を見て言った。
「ピーンポーン……」
応答はない。どうやら留守のようだ。
「ピンポンピンポンピーンポーン……」
……そういえば昔、近所の家とかにこうやってピンポンダッシュしに行ったなあ。
「ピポピポピポピポピィ――――ンポーン……」
嗚呼懐かしい。けどあの頃のワクワク感はもう感じられない。
「いないなぁ……」
ちょっと前から気付いていたけど、まるでたった今気付いたかのように俺は言った。
「確かまさおの親は旅行中だと言っていたし、まさおはりぃを捜しているのかもなぁ……」
ボソボソと独り言を言う俺。もしかして怪しかったか?
りぃの方を見る。りぃもこっちを見ている。
りぃって…ぽよぽよしてるけど…何かそこが……可愛いよな………
「仕方がない、とりあえず俺ん家に来い」
「ただいま、マリリン」
『おかえりなさい、ご主人様ぁ〜』
なーんて、マリリンが甘い声で言ってたりして………ってアホか俺はっ!!
俺は猫相手にニヤけてしまった顔をつねって、元の端整な顔に戻した。
そうさ、俺は自分の事を結構カッコいい方だと思っているんだ。
靴を脱いでキッチンへ向かい、取り敢えず衝動買いした商品を袋から取り出し、冷蔵庫の中に綺麗にしまった。
「マリリン、りぃ、飯食うか?」
俺は大量のキャットフードを袋から取り出しながら言った。
このキャットフードはビーフ入りの缶詰だ。
りぃは犬だが、まぁいいだろう。ドックフードとたいして差はないさ。
マリリンとりぃにご飯を出し、寝室にあるパソコンのメールをチェックして戻ってくると、りぃはすやすやと眠っていた。
さて、どうしようか。
そろそろまさおも帰っているだろうし、電話でもしてみるか。
機械が大の苦手なまさおは、携帯電話を持っていない。
家に帰るまで、こちらからは連絡が取れないのだ。
ビデオの録画も出来ないアイツは、かなりやばいと思う。
カタカナに弱い、じいさんみたいだ。
俺はまさおに『お前幾つだよっ』とよく突っ込んでいるのだが、決まって答えは『大学生』……何かズレてるよな、アイツって………
電話機に向かい、受話器を取る。
「えっと……まさおの電話番号は………」
覚えてないな。
メモリー……にも入ってないし……
――――ガサゴソガサゴソ……
あった!
「チャラララッチャラー!!タウンペ〜ジィ〜(ドラえもん風)」
俺は側に来ていたマリリンにタウンページを見せつけた。
「便利な世の中になったねー」
―――――。
「メモリーに登録してた方が便利か………」
気を取り直して、
――――パラパラパラパラ………
「えっと**市の……ま…ま……」
――――!!
お…俺って……マジで馬鹿かも……。
まさおの電話番号が、『ま』から探して見つかる訳がないだろうが!!
まさおの苗字は安保だっ!!うん、それぐらいは覚えている!
つまり『あ』から探さないと駄目なんだよ!『あ』だよ『あ』!!!
……何か心の中で激しく叫んでしまった。
嗚呼、そこそこ有名な大学の名が廃る………
うなだれながらもまさおの家の電話番号を調べた俺は、再び受話器を取り、番号を押した。
『トゥルルルルルルッ……トゥルルルルルルッ……』
俺は呼び出し音を耳で確認し、そのまま受話器を電話台に置くと、トイレへ向かった。
はっはっはー。他人が見たら不思議がるだろうけど、これが俺オリジナルのナイスな裏ワザなのだっ!
トイレから戻って来た時にまだ呼び出し音が鳴っていれば、まさおの家には誰も居ないという事になるし、電話が切れていれば誰か居るって事だ。
切れていた時は掛け直せば良い。
相手が留守で誰も電話に出ることが無い時に、長いこと無駄に受話器を持っているのもアホらしいだろう。
まぁこの裏ワザを使うのは、電話に留守電機能も付いていないまさおの家ぐらいだけどなぁ。
俺がトイレから戻って来た時、呼び出し音はまだ鳴っていた。
どうやらまさおはまだ家に帰っていないらしい。
りぃを捜しているのか……
ふふーん、まさおって、結構りいの事が好きだったんだ。
俺は電話を切り、リビングへと足を進めた。
数秒後―――
――――プルルルルルルルルッ
「はい、入来です」
『ぅわぁっ、い、入来?』
「えっ?誰っ?まさお?何キョドってんの?」
『えっ、いやぁ、だってさあ、お前電話に出るの早すぎなんだよ。まだワンコールだったぞ。こっちにだって心の準備ってもんが……』
「何言ってんだ?ま、それはいいや。りぃの事だろ?今、うちにいるんだ。迎えに来いよ」
『えっ?りぃ、お前ん家にいるの?……はぁ…』
「何溜息ついてんだよ。そんなに捜したのか?んじゃ、今からうちに来いよっ―――ピッ」
よしよし、これで一件落着……
――――プルルルッ
「はい、入来です」
『ぬおっ!い、入来?』
「まさお?何だよ今の声は。早く来いよ」
全く、何をそんなに驚く事があるのだろうか。
『いやぁーそのぉー……』
「何?早く言えよ」
じれったい奴だ。
『う、うん。実はさぁ、かくかくしかじか―――』
「はあ?マジかよ?お前幾つだよ!?」
りぃを探している内に迷子になっただと?
つーかもう迷子とは言えない年だろーが、言うなれば……迷男!?あり得ねぇ………
「はぁー、分かった分かった。で、今どこにいるんだよ」
放っとく訳にもいかないしなぁ……
『嗚呼〜。お手数かけます入来さまぁ〜』
うげっ……
「気持ち悪いから」
『はい、スイマセン。えぇーっと、ここは……?どこでしょう?』
どこでしょうって……はぁー、
「ったく、電柱とかないのかよその辺に」
『あっ、あったあった。ちょっと待ってて』
俺も自分の事を馬鹿だとは思うけど、やっぱ最強の馬鹿はまさおだな。
まさお無しでは馬鹿は語れない。
『もしもし入来?』
馬鹿の代名詞、再び登場。
「ん?」
『えっと、ここは**町の三丁目らしい』
「ん、じゃあそこで待ってろ―――ピッ」
……大学生が迷子……まさおの泣きべそ………
「ぷっ…。ぐふっ…ぐはっ…っく…っくく…うひっ…うひゃひゃひゃひゃひゃ……」
勝手な想像大爆発。
「キ…キモ悪っ…まさ…お……まさおの…泣きべそっ……」
「だはっ…だははははは……あり得んっ…あり得んっ……」
床をゴロゴロ転がりながら、息も絶え絶え腹を抱えて爆笑する俺。
腹痛ぇ……もう…止まらん。ツボっ…ツボっ……
――――ゴンッ!!
「いってぇ〜」
間も無く、俺はドアの角に頭をぶつけた。
じんじんする頭を手で摩りながら、俺はヨロヨロと立ち上がった。
「ぷっ…ぷぷっ……」
今の俺には何が起きても面白いらしい。
「ぶふっ…うひょっ…うひひひひ……」
ねじが数箇所外れたまま、俺は上着を取りに寝室へ……
「――――っ!!」
今度はドアの角で足の小指をぶつけた。
地味〜に痛い……
これは効いた。小指の地味〜な痛みで我に返る。
一体さっきまで何がどう可笑しくて俺は爆笑していたんだろう……
「はぁー」
俺は深い溜息を一度吐き、上着と車のキーを持って家を出た。
りぃを連れて行っても良かったのだが、まさおには家まで来てもらって、太刀魚を調理してもらおうと思ったのだ。
そう、実はまさおは料理が出来るのだ。
と言っても作れるのは何故か和食だけで、後はめっきり駄目。
で、その和食がかなり旨い。おばあちゃんみたいな奴だ。
『ピッピッピッ……』
「**町三丁目」
『ピッピッ……』
「公衆電話」
車に乗った俺はカーナビのスイッチを入れ、県名と市名を選択した後マイクに向かって言った。
『**町三丁目、公衆電話は一箇所あります』
俺はカーナビのお姉さんの指示に従って車を走らせた。
街とは逆の方向へ進み、側を走る車の数もだんだんと減る。
そしてついに他の車は見当たらなくなった。
「そんなに走ってないのになぁ……」
今日行った繁華街とはえらい違いだ。
『目的地に到着しました』
サンキューお姉さん、帰りもヨロシクぅ!
『いえいえどう致しましてぇ〜』
……妄想癖があるのか?俺は………
さて、と。まさおは何処だろう?
「―――ぬをっ!!」
電話ボックスの明かりに後ろから照らされているまさおを発見……不気味。
しかも暗闇の中、かろうじて見える口元には微妙な笑みを浮かべている。
そして力無く手を振っている……さらに不気味。
何だかよく分からないが、異質なオーラが出ているような………
まさおを車に乗せ、来た道を戻る。
車内に流れるベート―ヴェンの名曲を聴きながら、俺はバックミラーで後部座席に座るまさおにチラリと視線をやった。
まさおはぼんやりと、窓の外を眺めている。
そう言えば、まさおと出会ったのは『クラシック同好会』という大学のサークルでだった。
サークルのチラシを眺めてずーっと悩んでいたらしいまさおを、俺が半ば強引に連れ込んだんだっけ……
実はまさお、クラシックに関してはサークルでも一、二を争う知識人だ。
まあその争う相手ってのは俺なんだけど。
毎度毎度の事なんだが、まさおにはいつも驚かされる。
最初に驚いたのは、まさおの他に類をみない優柔不断っぷりだ。
その後も機会がある度に、色々な事が発覚していった。
料理の上手さもそうだ。
しかもまさおは好き嫌いが多く、自分の作ったものはあまり食べないという変わり者。
嫌いな食べ物は魚と野菜(特にピーマンとトマトと人参)、好きな食べ物は漬物……。
プロフィールを見ただけじゃ、年齢不詳だな。
ホントにまさおは奥が深いと言うか、何と言うか……
簡潔に言えば"謎な人物"だ。
まさおについて思考を巡らせている内に俺の家に到着し、まさおは眠ったままのりぃを連れて帰った。
りぃは結構重い筈だが、抱えて帰ったのだ。
実はなかなか腕力のある奴……足は遅いらしいが。
リビングのソファーに座り、俺はテレビを付けた。
どうやらCM中のようだ。
はて、何か忘れているような……?
『猫ちゃんも大喜び!新発売のビーフ入りキャットフードは………』
「―――あ!!太刀魚っ!!!」
《図書室》《マリリンのぼやき》