今日は年に一度のかくれんぼのような鬼ごっこ……否、魔女ごっこ大会の日だ。 それも 命がけの 物心ついた頃には参加していたこの魔女ごっこ大会。 ルールは簡単。兎に角魔女から逃げる。 捕まったら最後、恐らく人生というゲームからも離脱することになるだろう。 因みに私の過去の戦績、全敗無勝 え?負けたのに何でまだ生きてるのかって? それはずるい私が今までずっと、このゲームを途中下車し続けてきたから。 あぁでも、実はもう死んでるのかもしれない。 ここに居る私は幽霊だったりして。 ぅ………わ…………… 走り回る沢山の魔女と人間たち。 あちこちで上がる悲鳴。 今回もいつの間にか始まっていた魔女ごっこ大会は、どうやら人間劣勢のようだ。 なんだかいつもより魔女の数が多く、そして人間の密度も高い。 こんな魔女ごっこは初めてだ。 舞台は大きな古い屋敷。 真ん中は広く吹き抜けになっていて、階数もそれなりにありそうだ。 私は覗いた覚えも無い覗き穴から顔を離し、小さく息を吐いた。 魔女ごっこ大会の始まりはいつも突然。 年に一度だというのに、その日が何月何日なのかは、誰の記憶にも残らない。 そして自分以外の参加者についても、その日が終われば忘れてしまう。 ―――コンコンコン 目の前のドアがノックされ、私は息を呑んだ。 覗き穴を覗く勇気も無く、ノックをした人物を見ることは出来なかったが、それが魔女であることは察しがついた。 ノックするとは律儀な魔女だ。 足音を立てぬように気を配りながら数歩後退り、目に付いた白いテーブルクロスの掛かった食卓らしいものの下に隠れた。 なんて在り来たりな隠れ場。 今年も早い内にゲームオーバーかもしれない。 ―――がちゃり 私は息を殺した。 古いドアが無機質な音をたてながら開く。 「ギャァ…………」 悲痛な叫び声がしたかと思うと、どすん、と私の目の前に何かが倒れこんだ。 白いテーブルクロスと床の間に見えたそれは、私より少し年上の、恐らくこの魔女ごっこに参加していたであろう人間だった。 ピクリとも動かずに居る人間。 とても生あるものには思えない。まるで人形のようだ。 感情の見えない魔女の靴音が動き出す。 獲物を、人間を探す音。 規則的に歩みを進める黒いブーツが、私の目の前を通り過ぎ、そして止まった。 落ち着こうと思えば思う程鼓動は速まり、浅い、荒い息をしてしまう。 気付かれたのだろうか 否…… 黒いブーツは180度向きを変え、そして再び私の前を通り過ぎた。 遠のいていく靴音。 少しずつ、体から力が抜けていく。 取り敢えず、助かったようだ。 魔女ごっこに参加し始めて数年。 今までゲームから逃げ続けていた私は今年こそこのゲームに勝つつもりでいる。 リタイアという考えはもう持っていない。 この1年でそれなりに成長した私は、少なからずの自信を持っていた。 私は慎重に、テーブルの下から這い出した。 床には、動かなくなった人間が転がっている。 きっとこの人を捕らえたことで魔女は満足し、それ以上探さなかったのだろう。 私は特に心も込めずに、“有難う”と胸の中で呟いた。 部屋のドアは開かれたままだった。 そのドアが立てる耳障りな音を思うと安易に閉めることも出来ず、私は部屋の奥にあったドアに手をかけた。 ゆっくりと慎重にノブを回し手前に引くと、ドアは静かに開いた。 そこには初めの部屋と同じような空間が広がっていた。 ただ、もうその奥に新たなドアは無かった。 音を立てぬようにドアを閉め、部屋の中を観察して廻る。 部屋には焦げ茶色に統一されたアンティーク調の家具がバランス良く配置されている。 薄っすらと埃の積もったそれらの家具は、明治時代急速に西洋化された日本を連想させた。 ―――――ぎし 唐突に、先程まで居た部屋から床の軋む音がした。 慌てた私は咄嗟にテーブルの下に隠れた。 またしても白いテーブルクロスのかかった、食卓のようなテーブルの下だ。 この部屋のドアの前で、誰かが立ち止まった気配が伝わって来た。 そしてドアは音を立てず、ただ僅かに部屋の空気を震わせて開いた。 私は生き物としての気配を極力抑えるように努め、瞬きをするのさえ忘れた。 白いテーブルクロスと床の間。 黒いブーツが、音も無く通り過ぎてゆく。 私はそれを目の動きだけで追った。 やがてブーツは私の視界から消えた。 見えている時よりも、見えていない時の方が恐怖心が増す。 魔女の位置を知る手掛かりは、時折聞こえる床の軋む音だけだった。 最後に、床の軋む音が聞こえてから暫く経った。 部屋は静寂に包まれている。 靴音を立てなかった魔女は、もうこの部屋を去ったのかもしれない。 少しだけ体の力を抜いた私は、魔女の気配を探った。 どこにも、空気の震えは感じられなかった。 そして更に体の力を抜いた私は、刹那、背中に冷たいものを感じた。 一気に押し寄せて来た圧倒的な気配。 魔女の、気配…… ぎこちない動きで私は振り返った 振り返らずには、居られなかった 「―――――ッ!!!!!!!」 そこに居たのは紛れも無く 魔 女 全身黒ずくめの魔女が、白いテーブルクロスを捲り、私を覗き込んでいた。 ただ目を見開き、無表情な顔でじぃっとこちらを見つめている。 一体いつからそうしていたのか、私が振り返るのを、魔女はずっと待っていたように思える。 魔女から、視線を外すことは出来なかった。 そして私は、体の自由を失った。 気がつくと、私はテーブルの近くに座り込んでいた。 黒いブーツが視界に入り、見上げるとそこに魔女が居た。 魔女は私と目が合うと何も言わずに部屋を去っていった。 不思議と、魔女に対して恐怖心は湧いてこなかった。 私はゆっくりと立ち上がりかけて、気付いた。 黒い帽子に黒いブーツ、そして黒いローブを、自分が身に付けていることに。《図書室》 小学校低学年頃まで本当に年に一回ぐらいの割合でみていた夢を元にしました。 他の魔女ごっこもかくかもしれません。