僕の名前はりぃです。

性別……オス。柴犬。

ちなみに僕は少々太ってはいるが、大型犬ではない。


はあ……


あほな友人を持つあほな飼い主にめぐり会ってしまったことを、僕は本当に不幸に思う。




僕の飼い主の名前はまさおという。

んー、どうもパッとしない名前だなあ。

まさおなんて、クレヨンしんちゃんに出てくる臆病者のサブキャラの名前ではないか。




そうそう、実をいうと僕は、クレヨンしんちゃんを毎週かかさず見ている。

というのも、まだ僕が室内で飼われていた頃からずっと、まさおの母親が毎週かかさず見ているからなのだ。

屋外で飼われている今でも、僕はガラス越しに見ている。

ありがたいことに、犬は聴覚が優れているので、ガラス越しでも十分なのだ。


 

僕はキャラクターの中で、やっぱりしんのすけが一番好きだ。

まさおもどうせなら、『しんのすけ』という名前だったらよかったのに。

いや、『新之助』の方がかっこいいか。



名前といえば、クレヨンしんちゃんに出てくるボーちゃんの本名は何なのだろうか?


うーん……





まぁ、どうでもいっか。



























僕とまさおが出会ったのは、一年ぐらい前のことだった。

凍えるような寒さの中、ダンボールの中で雨に打たれている僕を、まさおは拾ってくれた―――。





と言いたいところだが、そんな感動的な話ではない。




僕の運命が狂ったその日は、雪の降る寒い日だった。
 
当時まさおは、友人に貸したお金が返って来ず、かなりの金欠状態であったらしい。

そんな時、ある張り紙を目にしたそうだ。

その張り紙には、『いなくなった愛犬を探しています。見つけた人には礼金を差し上げます』

というような内容が書かれていた。

そしてその礼金の額は、まさおにとって大金であった。
 



礼金を貰う為に犬の大捜索でもしようかとまさおが迷っていると、偶然張り紙の犬を見つけたそうだ。

飼い主の元へ連れて行くと、たいへん喜ばれ、礼金もちゃんと貰ったらしい。
 




まさおが礼金を貰って無表情に大喜びしている頃、僕は暖房のきいた暖かい部屋でゴロゴロしていた。

が、突然飼い主に抱えられ、寒い玄関に連れていかれた。
 




そして……僕とまさおは出会った。
 
その時のことを、僕はよく覚えている。












「今日は本当にありがとう。それでこの仔犬なんだけど、お礼にさしあげるわ」

僕を抱えているおばさんの言葉に、まさおはびくりとした。

「あなたが見つけてくれた子ね、血統書付きなのよ。この仔犬はね、その子の子供なの」

「はぁ……」

まさおは満面の笑みを浮かべながら喋りまくるおばさんに、気味の悪さまで感じているようだった。




飼い主のネタもそろそろなくなる頃、まさおは『マンションなので飼えません』というもっともらしい理由を思いついたそうだ。

しかし、世の中そんなに甘くはなかった。


「まさおさぁ、最近実家に戻ったんだからちょうどいいじゃんっ」

たまたまその場にいた入来だった。

「そーなのお?それは良かったわ。御家族の方もいらっしゃるだろうし、可愛がってもらえるわねぇ」

ここぞとばかりにつっこむ飼い主。何も言えないまさお。
 



張本人であるまさおが発言しないまま、話はトントン拍子に決まり、僕はまさおに飼われることになった。

『新しいオウチに行くんだ』

まさおという人物を知らなかった僕は、少しだけワクワクしていた。



「良かったじゃんまさお。血統書付きの犬の子供だってよ」と入来。

「それはまぁ、いいんだけど……。そんなに言うならお前が飼えばいいじゃん」

「俺はだめだよ、マンションだもん。しかも内緒で猫まで飼ってるし」

「ああ、そうだった……」






血統書付きの犬の子供。僕はそう言われていた。

しかし現実は違った。僕はただの犬の子だ。
 



僕の父親は飼い主に非常に気にいられていた。

ただの柴犬なのだが、その毛の色が好きなんだとさ。

僕にはその色というのは分からないんだけどね。
 

僕が生まれた時、飼い主は僕や僕の兄弟たちの毛の色を、真っ先に確認していたようだった。

飼い主の好みの毛の色でない仔犬たちは、僕を含めて四匹いた。

そして三匹が引き取られていった。


僕は最後の一匹になった。

飼い主は犬好きなので、さすがに殺されることはないと思っていたが、いつか引き取られることは予測できた。

そこへタイミングよくまさおがやって来たのだ。  

飼い主は邪魔者の僕を、なんとか引き取ってもらおうとウソを付いた。
 

血統書付きの犬の子だと思い込んでいるまさおが、可哀相だと思った。

まさおに同情したのは、僕の人生でこの時だけだ。

これからもおそらく、同情するようなことはないだろう。
 


そんなわけで、どちらも望んでいない僕とまさおの生活は始まったんだ。




























「クゥーン……」



『今日は一段と寒いなあ、何か散歩するのも嫌だなあ、でも昨日はまさおのやつ散歩に連れて行ってくれなかったしなあ。

 散歩したいようなしたくないような……』


僕は小屋と門の間を行ったり来たりしながら、そんなことを考えていた。





    ――――グイッ





う゛っ……。




急にリードを引っ張られた。
 
どうやら散歩に行くらしいのだが……急に引っ張らなくてもいいじゃないかっ!


まさおのやつ、勘違いしてるんじゃないか?

僕は「親愛なるご主人さまぁー」なんてとぼけたこと思ってないぞ。
 




まぁとりあえず散歩を楽しむか……って、えぇっ!?


何なんだよまさおのこの格好!

人間というのは外出する時、こういう服は着ないんじゃなかったのか?

こういう服は、寝る時とか家でゴロゴロしている時に着るんじゃないのか?

しかもまさおは、家の中で履いていたものを今も履いているぞ。

これは人間の世界では明らかにおかしいのではないのか?

僕の記憶が正しければ、こういう格好をしている人は………笑い者にされるっ!?







僕は散歩を楽しむ気力を失った。

別にまさおが可哀相だと思ったわけではない。

ただ、隣にいる僕の株まで下がるのが嫌だったのだ。
 





いつもの散歩道。いつもと同じ風景。

いつもと違うのは、擦れ違う人々がみな笑いを堪えて唇を震わせているということだけ………


すみません皆さま、まさおのせいで苦しい思いをさせてしまって。

こんなに変な飼い主ですけど、僕はとっても普通の可愛いワンちゃんなんで、どうか僕のことまで変な目で見ないで下さいっ!





あー、このまま行くともうすぐ公園。




……公園っ!?



どどうしよーっ!もしかしたら、今日もあの子がいるかもしれない。

こんな飼い主を見られたら、あの子に嫌われちゃうよお。

あっ、でもあの子寒いの苦手そうだし、こんな寒い日には散歩なんかしてないかも。


あー、緊張する、ドキドキする。






いよいよ公園へ入る。




 





―――うわっ、人がいっぱい。それに犬も。

でもあの子は見当たらない。よかったー、やっぱり今日は来てないみたいだ。

 

それにしても、すごい笑いだ。

笑われているのは他でもない、まさおだ。やだなー、全く。

 
まさおはベンチに座った。僕はかしこくお座りをして、前を向いた。

 



 



………!!






げげーっ!


 
あの子だっ!こっちを見てる。

あっ!冷めた顔をして、向こうへ行ってしまった……


 

まさおのせいだっ!まさおのせいで、あの子に嫌われてしまった!

きっとあの子は『何あの飼い主!変な格好!どうせ一緒にいる犬も変な犬なのよっ!フンッ!』

と思ったに違いない、絶対そうだ!


まさおのバカヤロー!お前がいなければ、この僕が嫌われるわけないのだ!

何て事をしてくれたんだ!僕の一生が台無しではないかっ!

僕はすでに、あの子との老後まで人生プランを立てていたんだぞっ!



























『ジャッジャッジャッジャッ……』


んっ?あっ……


僕のすぐ側から何かが走り出したような、妙な音が聞こえたので振り向いてみたら………

まさおがいなくなっていた。
 



僕は、置いてきぼりにされた。
 



 
僕は悲しくなんかなかった。追いかけたりなんかしなかった。

僕は、あのまさおから解放されたんだ。僕は自由なんだ!

まぁ普通、飼い主がリードを離して走り出してしまうなんてこと、あり得ないんだけど………


はぁー、まさおが馬鹿でよかった。



そうだ!まさおがいなくなった今なら、あの子のところへ胸を張って行ける!

きっとあの子は、まさおと僕は全くの別ものだということに気付くはずだ!
 


 

僕は追いかけた。あの子を追いかけた。

何も考えずに、走って、走って、走って……

あの子へ向かって突進した。

 
可愛らしい背中にだんだん近づく………

あぁ、こんなに近づいたのは始めてだ。



あっ、こっちを振り向いた!






―――ドゥオーンッ!!





………。



僕は勢いよすぎて愛する彼女の顔面に突っ込んでしまった。



「ヴーッ、バウッ!」


吠えられた。


「何なのこのバカ犬っ!ゴンザレスがけがするじゃないっ!」


怒られた。


 
―――んっ?ゴンザレス!?





   ――――クンクンクン……


 


オ、オスだった……。


ゴンザレスは僕を睨みながら言った。




『何しとんじゃテメェっ!わしの自慢のフェイスが潰れてもうたやないかいっ!慰謝料請求させてもらおかぁ!』

 
こ、恐すぎる。


『で、でも君はパグなんだから、もともと顔はぐちゃぐちゃなんじゃ……』

『アァっ?やんのかてめぇ!おらぁ!』

し、しまった!さすがに『ぐちゃぐちゃ』は言いすぎたかも。

せめて『くしゃくしゃ』と言うべきだった。

『さ、最近の犬はさぁ、オスかメスかよく分からないんだよぉ!』






僕は走った。公園を出てもただ走った。

走りながら僕は、最後に言った言葉を思い返し、あれではかなり意味不明だろうなぁと思った。








《BACK》《図書室》《NEXT》